公益財団法人 世界宗教者平和会議日本委員会

Heartful Message

こころの扉

バランスを整え世界を『健康』に

寒川神社宮司・WCRP日本委員会監事 利根康教

ある言葉を辞書で調べると「日光のあたらないところ」「人に知れないもの」「庇護・恩恵」などと記されています。「陰」です。「日陰」「陰ながら」「お陰」など、他の言葉と組み合わせるとその意味がよく分かります。また、音読みすると「時間(=光陰など)」を表すなど、一文字でいろいろな意味を持つ実に不思議な言葉です。「陰」と聞くと、多くの人がネガティブなイメージを持つにも拘わらず、たった一文字「お」をつけると一瞬にしてポジティブで奥床しい言葉へと変換されます。世界の言語と比しても、「一音」加えるだけで、ここまで意味が変わる言葉は非常に珍しいことのようです。日本語では「お陰」に留まらず、「お陰様」と一層の尊敬の念をもって表現されることが大半です。

相模國一之宮・寒川神社は全国唯一の八方除の守護神として日々多くの参拝者をお迎えしておりますが、八方除(方位除)信仰の考え方の基になっているものの一つが「陰陽学説」です。これによれば、万物は「陰」と「陽」という対立する二つの原理によって成り立ち、その相互作用によって変化するとされています。例えば、「夜と昼」「女性と男性」「水と火」「黒と白」などが陰陽の対になるのですが、「陽=良いもの」「陰=悪いもの」という構造ではなく、互いにバランスを取りながら絶えず流動的に変化するので切り離して考えることはできません。「陰」がなければ「陽」も存在し得ないのです。古来、日本人はこのことを当然のように知っており、「陰」にこそ重要な作用があることを悟っていたのではないでしょうか。だからこそ、「陰」も「陽」と同様に敬い、「お陰様」という何とも奥深い言葉が存在するのかもしれません。

世の中に溢れる諸問題は、それが「善」なのか「悪」なのか、「正しい」のか「正しくない」のか明確にできないことが大半です。それを突き詰めようとすれば当然争いが起こるのだと思いますが、この考えすらも「正しい」と言い切れるものでもありません。

文化が違えば、宗教も違い、当然平和に対する解釈も違います。要は多種多様な考えが混在すること自体は、ごく自然な前提条件として許容した上で、「意識を如何に束ねていくか」「如何にバランスを整えていくのか」ということが肝要だと思うのです。

東洋医学においては、体内の陰陽のバランスが整っている状態のことを「健康」といい、逆にバランスが乱れている状態のことを「病気」と呼びます。世界に置き換えると、環境破壊や紛争などが各地で発生しており、いわば体中が病に蝕まれているとも言えます。

神社は、宗教施設であると同時に、地域の人々にとっての「心のよりどころ」でもあります。常に地域の皆さんと共にあった神社は、今話題の「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」としての中心的な役割を古くから担ってきました。日本人の「お陰様」「お互い様」という考え方と、日本の宗教が持つ「ソーシャルキャピタル」としての性格。世界平和実現に向けて、日本が果たせる役割は大きいのではないでしょうか。

陰陽は「月日」と解することもでき、この二文字を組み合わせると「明」となります。明日は必ず明るくなると信じ、対話を続けてまいりたいと存じます。

(WCRP会報2024年5月号より)

BACK NUMBER