公益財団法人 世界宗教者平和会議日本委員会

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2025.4.15
学習・セミナー その他

2024年度 平和大学講座実施のご報告

2024年度の平和大学講座は「食卓から地球の平和と人類の共存を考える」をテーマに、2025年3月14日に北野天満宮(京都市)にて開催されました。各宗教における食の戒律や、グローバルな視点からの食糧問題、そしてSDGsの観点を交え、世界的な課題と私たちの身近な「食」のつながりについて考察しました。今回は、世界の“食”と“平和”をつなぐ、“未来のための一皿”をお届けします。

【基調講演】

“食”から世界を見る~宗教・環境・平和をつなぐ食卓の物語~

基調講演では、齋藤忠夫氏(WCRP平和研究所所員・東北大学名誉教授)が「世界の食の現状と宗教的背景から考える食の平和」について講演を行いました。

冒頭で齋藤氏は、食卓に並ぶ食材一つひとつが、実は国際情勢や環境問題、宗教的な戒律と深く結びついていることを指摘しました。五大宗教(キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンドゥー教)が、それぞれ食に関する戒律を持つことを紹介し、特にインドのベジタリアン文化が世界の食料需給を安定させている一因であると述べました。

齋藤氏はさらに、食料の安定供給が危機に瀕している現状に触れ、日本の食料自給率がカロリーベースで38%と低水準にあることを強調しました。現在の日本の食生活は輸入に大きく依存しており、もし国際的な物流が途絶えた場合、米や水以外は確保が困難になると、具体的な「牛丼」を例に挙げて説明。牛丼に含まれる主要な食材はほぼ海外からの輸入に頼っていることをユーモアを交えて指摘し、参加者の共感と笑いを誘いました。

また、世界規模で問題視される食品ロスの現状について、統計データを示しながら詳しく解説。家庭から出る食品ロスが全体の約半分を占める日本の現状を報告し、SDGs目標12「つくる責任 つかう責任」の観点からも、私たち一人ひとりの意識改革の重要性を訴えました。

講演の最後には、農業や畜産業が温暖化の要因ともなり得る現状に触れ、「農業は気候変動の被害者であると同時に加害者である」という複雑な関係性にも言及。これからの食の在り方は、環境・宗教・文化・経済が絡み合ったグローバルな問題であり、宗教者の役割は食を通じて平和と持続可能な社会を築くための大きな鍵であると結びました。

【パネルディスカッション】

“食”と“信仰”が交差する場所~宗教者たちが語る共生と平和~

コーディネーターの松井ケティ教授(WCRP平和研究所所員・清泉女子大学教授)によって進行されたパネルディスカッションでは、竹村牧男氏(WCRP平和研究所所長・東洋大学名誉教授)、日比絵里子氏(国連食糧農業機関[FAO]駐日事務所所長)、森伸生氏(WCRP平和研所所員・拓殖大学イスラム研究所所長)の3名が登壇し、「宗教と食の倫理観」および「地域社会における実践的取り組み」について意見を交わしました。

まず竹村氏は、仏教における不殺生の教えと精進料理文化について語り、「食とは、命をいただく行為そのもの。現代社会の過剰な消費や大量廃棄は、この“命”の重みを忘れているからこそ生まれる」と指摘しました。また、仏教寺院が地域において、子ども食堂やフードシェア活動などに積極的に関わる事例を紹介し、「宗教施設は“地域の居場所”であり、孤立や貧困の現場にこそ寄り添うべきだ」と述べました。

続いて日比氏は、世界の飢餓についてふれ、「飢餓は、①紛争、②気候変動、③景気・経済の3つが最大の原因とされるが、貧困や社会的不平等がなくならない限り問題を解決すことはできない。FAOは、生産、流通、消費、廃棄に加え、その周辺に位置する社会的問題としての不平等、環境、生物多様性、水資源などを含めた農業食料システムとしてとらえ取り組んでいる」と述べました。

最後に森氏は、イスラム教におけるラマダンの断食について解説。「飢えを体験し、食べ物や水のありがたみを再認識する期間が、断食の本来の意義」と述べ、物質的に恵まれた社会に生きる私たちにとって、ラマダンの精神は今こそ重要であると語りました。また、森氏は「モスクも地域社会とつながり、貧困層支援の現場で積極的な役割を果たすべきだ」と、宗教施設の“開かれた場”としての機能強化を呼びかけました。

コーディネーターの松井教授は、議論をまとめる形で「食卓から考える平和という本講座のテーマは、個人の意識と宗教界の行動が両輪となって初めて実現するもの」と結び、参加者と共に今後の具体的な取り組みについて考える重要性を改めて確認しました。

【質疑応答】

宗教と食で拓く未来 ~現場から学ぶ平和と共生のヒント~

質疑応答では、紛争地での食育・食支援について問われ、日比氏は、FAOは農林水産物の生産・流通の維持を重視しており、緊急支援はWFPやユニセフが担っていると説明。さらに、漁村で新鮮な魚が外部に売られ、缶詰が地元の食卓に並ぶ実情を紹介し、現地食文化の再評価と食育の必要性を訴えました。

また、栄養学的知識の不足や食習慣の違いが課題との指摘もあり、食の問題が単なる資源不足ではなく教育や文化とも密接に関わる現実が共有されました。

戸松義晴WCRP日本委員会理事長は、こうした課題を受け、宗教者は「無駄を減らす」「食べ方を変える」といった日常的な実践を積み重ね、宗教界全体で社会に広げていくべきだと提起。今後、WCRP日本委員会で政策提言やアクションプランとして具体化していく意向が示されました。

さらに、ジェンダー格差についても議論があり、日比氏は、女性や母子家庭が特に食料不安の影響を受けやすいという国際的な調査結果を紹介しました。

最後に、オンライン参加者からは、宗教界と国連機関の協力体制についての質問があり、WCRPとFAOの今後の連携の可能性が語られました。宗教界の発信力を生かした国際的な連携の必要性が共有され、質疑応答は閉じられました。

【まとめ】

~食卓から広がる共生の輪:宗教者が目指す未来の平和づくり~

今回の平和大学講座を受け、理事長からは「食」は宗教者にとって命に直結する重要なテーマであり、食品ロス削減や地域社会への支援など、実践的な取り組みに昇華させるべきだとの提案がありました。

今後は、宗教施設を拠点としたボトムアップ型の啓発活動を通じて、「食と平和」に関する学びを内外に広げていければと考えています。さらに、超宗派での連携によるキャンペーンや共同声明の発信など、宗教界が連携して社会的アクションを起こすことも視野に入れながら、今後の活動を模索していきます。

本講座を通じ、宗教が「食」という日常的な行為を通して、命の尊厳や平和、持続可能な社会の構築に貢献できることが改めて確認されました。食卓は、宗教的価値観や地域社会をつなぐ場であり、私たち一人ひとりの「食」の選択が、より良い未来への確かな一歩となる――その実感を全員で共有する機会となりました。